三十年前、彼は私を知らず、私も彼を知らなかった。 小西 陳雄 無 題 北の国の山に 物静かな山伏がいた 焚火へ粗朶を投げ込んでは考えこむ山伏がいた ときおり酒に酔って法螺貝を吹き鳴らした 音高く山河を抜け村に響き渡った 村人は 呼ばれたかのように 河を越え山をよじった 耳にあの亮々たる音がなおも残っていた 山伏は居ず焚火だけが赫々と燃えさかっていた 手前勝手で恐縮だが、その頃こんな拙劣な詩を私は書いていた。 アダツッアンはその頃、おそるおそる二眼レフのシャッターを押し、いらだちと不安のなかでカメラ街道を走り始めていたのだ。 彼はアクが強い。従って、敵が多い。理解してくれなければそれでも良い、という姿勢である。 私ごとき豆腐の角みたいな人間とは大違いだ。麻雀も強い。少々雀品が悪いが勝つ事は勝つ。こん畜生、と思う。語らせればまなこを見開き、口角泡を飛ばし、痛い所を衝く。これでよく闇討ちに遭わないな、と思う。 それがどうだ。彼の写真の集大成をつぶさに見ると、私には信じられない世界が現れる。光芒のように燦然とする詩情、深い静寂の奥の幽玄、炎と氷の対比の両極。日光に色々な意味でのナショナリストは多いが、透徹したレンズの眼でこれほど「おらが日光」を愛し続けている人は少ない。 お互いに通り過ぎてきた違った生計(たつき)の旅程で、彼がそれなりに掴んでいたものは、私に共感と刺激をもたらしてくれた。感謝すると同時に彼に負けたくないと思う。 (こにし のぶお 小西美術工芸社社主) |